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【シャーロック・ホームズ】第1回 不朽の推理小説『シャーロック・ホームズ』を原文で読む ~イントロダクション~

英語を勉強していて、少しそれが楽しくなってくると、洋書を読んでみたいと思うようになるのではないでしょうか。もともと本を読むのが好きだという人、洋書を読むこと自体に憧れがある人、洋書を読むことでさらに英語読解力を高めることを目的とする人。その理由は様々ですが、何はともあれ読書は良いものです。

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このコラムは、洋書を英語のまま読む際、特に『シャーロック・ホームズ』のシリーズを読んでみたいという人に向けてのアドバイスや、洋書とは言っても何を読んで良いか分からないという人に同シリーズをオススメするためのコラムです。第一回は、シャーロック・ホームズの全体の世界観について改めておさらいしてみましょう。

シャーロック・ホームズとコナン・ドイル

シャーロック・ホームズは、今となっては知らない人は居ないであろう古典探偵小説です。古典的名作、クラシックな本格探偵小説などと言われる本作ですが、実はコナン・ドイルが糊口を凌ぐのに大衆受けする設定を考えて書いた、今風に言えばライトノベルのようなジュブナイル小説の類いでもありました。しかしドイル本人が思っていた以上にホームズの人気は高まることとなり、歴史小説で名を挙げたいと思っていた彼の思いとは裏腹に、コナン・ドイルはシャーロック・ホームズの生みの親として後世に名を残すこととなったのでした。

シャーロック・ホームズはシリーズの枠を超えて、様々な作品にモチーフやゲストとして登場しています。『名探偵コナン』のシリーズはシャーロック・ホームズに登場する人物や場所をもじった地名が多く出てきますし、その他ゲームに登場することも珍しくありません。最近の有名どころでは、Fate/Grand Orderというソーシャルゲームにも『偉人』として登場しています。また、SHERLOCKシリーズとして現代版シャーロック・ホームズがBBCからテレビドラマとして制作されているほか、映画の題材にも何度も使われています。

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連載当時は長編小説がメインでしたが、人気が高まったことから短編として様々なストーリーが生み出されています。有名な『赤毛連盟』や『まだらの紐』は短編としての物語です。ただ、当時はドイル本人がシャーロック・ホームズのシリーズについて本腰を入れて書いていなかった(あくまで歴史作家でありたかった)ことから、こうした短編の設定にはいくつか穴や杜撰な点も見られます。例えば『捻れた唇の男』では、その頃には結婚していたワトソン(ホームズの助手的存在)の妻が、夫であるワトソンの名前を呼び間違えるといったことも起こっています。

シャーロキアンの活動

しかし、熱狂的なシャーロック・ホームズのファンは、こうした綻びをむしろ遊びの種として受け入れました。彼らは、『シャーロック・ホームズは実在する人物である』と仮定し、その物語は彼の助手であったジョン・ワトソンが実際に出版したもの(コナン・ドイルは代理出版者である)と考えて、物語にある矛盾に合理的説明を考え始めたのです。例えばワトソンの妻がジョン・ワトソンの名前を間違えたことについては、ジョン・ワトソンのミドルネームを英語読みするとジェームスと発音できる、といったような形で、物語の辻褄を合わせていきました。

こうしたファンはシャーロキアンと呼ばれ、彼らはシャーロック・ホームズの原文を『カノン(Canon: Conanのアナグラム)』と呼び、日夜その研究に勤しんでいるのです。

シャーロック・ホームズを原典で読むということ

シャーロック・ホームズシリーズの翻訳版は、当然ながら原文ではないため、シャーロキアンからするとカノンではないということになります。翻訳版においては翻訳者が解釈した情景が描写されますし、翻訳者の判断で内容が補完されたり、カットされた一文があったりもするでしょう。基本的にこうした文学の翻訳というのは原文を読むことがない人に向けたサービスであるため、読みやすさの向上や趣向に合わせて何らかの調整が入るものです。だからこそ、同じ作品でも翻訳ごとに色々な味があり、同じ物語を違う色で楽しむことができるのでもあります。

しかしシャーロック・ホームズを原文で読むということは、大仰な言い方をすればカノンにあたるということでもあります。それはジョン・ワトソンの肉筆であり、シャーロック・ホームズの活躍を目の前で見届けた第一証人の言葉なのです。どんな翻訳にも決して再現できない『それを経験した本人の言葉』を、きっと感じることができるでしょう。

そしてもしもあなたがシャーロキアンになりたいなら、カノンは研究対象でもあります。どうしてジョン・ワトソンはこの描写でこの言葉を使ったのか。どうしてこのような表現になっているのか。辻褄が合わないように思われるところにはどういった意図があり、そこにはどんな真実が隠されているのか。ただ語られるものを受け入れるのではなく、それを書いた人間が隠そうとした、あるいは取りこぼした真実を探求するには、カノンを研究する他ないのです。

単純な娯楽小説としての楽しみ方

以上のように、今や世界一有名な探偵と言っても過言ではなくなったシャーロック・ホームズですが、原文を読むにあたってそこまで畏まる必要はありません。『探偵小説』や『推理小説』といった言葉から連想されるような小難しさはさほどなく、特に短編はエンターテイメント性が非常に高い作品になっています。

長編はそれなりの長さがありますが、短編は長さとしては一日でも読み終えられる程度で、試しに読んでみたいという場合には最適でしょう。厳密には時系列の存在するストーリーですが、気になった短編からバラバラに読んでも充分に面白く、また全体像を組み立てていくような楽しさもあるはずです。

余裕があれば、カノンと翻訳版を比較して、その差異にどういった意図があったのかを考えてみるのも良いでしょう。それを理解するのに必要なのは、実は『初歩的な推理』なのかもしれません。現代に残るシャーロック・ホームズシリーズは、シャーロック・ホームズから私たちに向けられた挑戦状にも取れるのです。

●執筆者・堂本氏の著作一覧
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堂本秋次

実務翻訳者、プロマジシャン。英検1級、国連英検A級、TOEIC965を保有。大学時代は、ネイティブスピーカーの教授の指導のもと、言語学を専攻していた。医学、自然科学等を専門とする多芸多才な翻訳者。 詳しいプロフィール / 記事一覧

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