オススメのラブクラフト短編を紹介するコーナー、第3回は『宇宙からの色(あるいは異次元の色彩など)』をご紹介します。クトゥルフの呼び声ほどではないにせよ、実は映画化されたこともあるこの作品。クトゥルフ神話らしい後味の悪さや、いかに人間が小さな存在であるかということを知らしめてくれる強烈な神格の存在、そして宇宙的恐怖。さらに、この作品はSF作品としても重要な位置づけとなる一品でもあるのです。
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物語のあらすじ
ある片田舎に隕石が落ちたことで、一躍時の人となったネイハム・ガードナー。彼のもとに町から科学者が訪れ、隕石の調査なども行われる中、次々に隕石の不可思議な性質が明らかになっていきます。そうした性質のひとつとして隕石が自然消滅してしまい、ネイハムにも平凡な日常が戻ってくるかと思われたのですが、実はそれこそ、悪夢のような日々の始まりであることに、ネイハムはもちろん、その村の誰もが気付いては居なかったのでした。
その悪夢のような出来事から数年後にその土地を訪れた主人公は、ネイハムの友人として現在では唯一の生き証人となっている人物から、ことの顛末を耳にするのですが——。
本作には、ラブクラフト作品においてしばしば言及される『宇宙的恐怖』が存分に含まれています。宇宙的恐怖とは、例えば『エイリアンやUFOに連れ去られてしまったらどうしよう』といったような、宇宙という未知に対する恐怖であると言えるでしょう。そういった意味では、クトゥルフの呼び声に見られるような恐怖とは少し趣を異にする作品でもあります。
物語の原文の難易度
この物語は、『何かがあった』結果、村が滅んでしまっているというところから始まっており、それに対する回想のような形で物語が進んでいきます。そのため、ゴールが見えている物語ということもあり、比較的内容を理解するのは難しくないはずです。
原文の単語を見ても特に難易度が高いものが頻出するわけでもなく、文法も難しいわけではありません。ラブクラフト的な冗長な文章は健在ですが、あくまで個人的には、クトゥルフの呼び声よりも全体を通しては読みやすい印象の物語でした。
一方で、(これはファンタジー系の小説に共通することですが)『通常であれば起こるはずのない出来事』が起こっていることもあり、そうした表現を読んでいて『どういうことだ?』と感じてしまうところもあるかもしれません。
また、隕石について科学的に解析を行うシーンが入っていることから、このシーンについては科学的な知識が無いと『何を言っているのかさっぱりだ』と感じられることもあるかもしれません。しかし、こういった場面は小説などにおいては往々にして本筋に大きく影響を与えるような必須の知識を必要とする筋書きではなく、『とにかく厳密に検査したがよく分からなかった』というフレーバーとしての役割が強いものです。したがって、このシーンを読んでもよく分からないからといって気にする必要はありません。気になるなら調べながら読む程度で丁度良いのです。
SF作品の金字塔として
通常、宇宙からの侵略者というと、エイリアンのようなものが想像されがちです。そうしたエイリアン、つまり宇宙人にも様々な形がありますが、この作品で扱われている宇宙的恐怖は、特に『非人間的』で『コミュニケーションが取れず』、かつ『正体不明』という点で群を抜いています。
宇宙人という言葉に『人』という単語が入っている通り、エイリアンという存在は擬人化されることが多いものです。その方が作品の中で使いやすいですし、あるいは人間と同程度かそれ以上の知的生命体であれば、その姿は自分たちに近いものがあるはずだという想定(あるいは驕り)も関連しているのかもしれません。あるいは例えばスプラッタ映画に出てくるような、いかにも化け物らしいエイリアンも存在します。この両方に共通しているのは、『それが目に見えるものである』ということ、『実際に触れられる存在であるということ』であり、つまり『この次元の存在である』ということです。
しかしこの作品では、そうした既存のエイリアン的イメージを完全に払拭し、全く新しい『宇宙人像』を作り上げることに成功しています。そしてその存在はこの次元を越えた存在であり、目で見て説明できるようなものでもありません。つまり、この小説の文章そのものから感じたものだけが、最もこの宇宙的存在に近いイメージになるのです。そして本来であれば言語化できないはずのこの存在を、卓越した文章力で、三次元に貶めることなく描写したラブクラフトの文才にはただただ舌を巻くばかりです。
少しずつ失われていく日常
ラブクラフト作品に共通している、『世界は常に滅びの一歩手前にある』という世界観はこの作品でも健在です。少しずつ、しかし着実に滅んでいく日常。滅びの根源に最も近い人たちが気付かないまま毎日が過ぎていくその描写は、実にクトゥルフ的で味わい深いものとなっています。
あくまで間接的に、少しずつ『何かがおかしい』と感じつつ、しかし何がおかしいのかは分からず、そして最後には偉大なる神格とされるその『存在』が姿を現すこととなります。その『存在』の圧倒的な迫力、そして何者も敵わず、ただ蹂躙されるほか無いと感じさせられるような存在感と絶望感を、ぜひ体験してみてください。
原文か翻訳か、それとも?
この作品については既に述べた通り、特に難易度が高い内容ではありません。長さもシャーロックホームズの短編集程度の長さなので、少しずつ読み進める場合であっても一週間、少なくとも一ヶ月くらいでは読み終わることができるでしょう。
また、この物語も『ある話を聞いた人物の独白』という形をとったものとなっています。そのため、翻訳をするというのは『その独白の翻訳』という性格を帯びることとなるため、その辺りを意識しながら読むと色々と違う視点が見えてきて面白いかもしれません。この点は、クトゥルフの呼び声に近いところがあります。
また、この作品については漫画化・映像化もされています。本来であれば人間に感知できないはずの存在がどのように絵や映像として表現されているのか、まずは原文や翻訳からあなた自身のイメージを生み出して、それと絵や映像との差を確認してみるというのも面白いでしょう。
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