堂本秋次の書斎

【シャーロック・ホームズ】第4回 異国語の通訳者が伝えたかったこと『The Greek Interpreter』

シャーロック・ホームズのシリーズを原文で読んでみたい人のためのコーナー、今回は『ギリシャ語の通訳者』をご紹介します。

シャーロック・ホームズが今回携わるのは、誘拐されてしまったギリシャ語の通訳者の物語。彼がどうして誘拐されたのか、彼は一体何に巻き込まれてしまったのか。その謎に迫るシャーロック・ホームズ——と、言いたいところですが、個人的にはこの物語の面白さは別のところにあるような気がしています。それは、シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフトが登場するということ。そして、このギリシャ語の通訳者が利かせる『ある機転』です。

異国語の通訳者 シャーロックホームズ傑作集

物語のあらすじ

シャーロック・ホームズとワトソンがいつものように話をしていると、ふとした話のきっかけでホームズには兄が居るということが発覚。しかもその兄というのは、シャーロック・ホームズ以上の推理力を持っているという話に、ワトソンは興味津々になります。そんな素晴らしい推理力を持っているにも関わらず、その人物は『探偵の真似事は娯楽程度のもの』として捉えているというのですから、ワトソンが興味を引かれるのも無理はありません。

マイクロフト・ホームズ

そんな彼の兄、マイクロフト・ホームズはいつも決まった時間にある場所に訪れるということで、ホームズはワトソンをマイクロフトと会わせてあげることに。そうして出会ったマイクロフト・ホームズは、シャーロック・ホームズ以上の確かな推理力を見せつけてくれるのでした。

そんなマイクロフトが、ちょっとした事件を抱えているという話をホームズに持ちかけるところから物語は動き出します。どうやら彼の知り合いであるギリシャ語の通訳者が、奇妙な体験をしたということなのですが——。

なぜ通訳言語はギリシャ語なのか?

タイトルにはギリシャ語と入っていますが、ギリシャ語の知識が必要とされるような箇所はありません。文章の難易度も、他のシャーロック・ホームズシリーズと比べて特に高いということもありませんし、プロットが難解であるということもないため、安心して読むことができます。ギリシャ語が物語の根幹に大きく関わるわけでもありません。

では、どうして『ギリシャ語』の通訳者でなければいけなかったのでしょうか。それは、『ギリシャ語』という言葉が、英語と対比して難しい言語であり、理解できる人が少ない言語である(とされている)からです。例えば英語の表現として、It’s All greek to me.という言い方があります。そのまま訳すと『私には全部ギリシャ語に聞こえる』ですが、これは『全く意味が分からない』、『ちんぷんかんぷんだ』というような表現なのです。私がこの作品を翻訳したとき、タイトルを敢えて『異国語の通訳者』としてのはこうした背景があったからです。

余談ですが、”ちんぷんかんぷん”は元々は中国語であるという説があるそうです。中国語では聞いて分からないことをチンプトン、見て分からないことをカンプトンというとのことで、それが転じて『ちんぷんかんぷん』になったという説です。ただ、あくまで説の一種であって、また、特に有力な語源の説というわけでもないとか。

ホームズが二人

閑話休題。マイクロフト・ホームズが登場するのはこの短編が初めてで、以後、3つの短編に登場することとなります。海外ドラマのSHERLOCKを見ていると、それと比べてあまりの登場回数の少なさに驚く人もいるかもしれません。この物語の序盤では、シャーロック・ホームズが見落としてしまうような手掛かりすら拾い上げ、素晴らしい推理力を披露してくれるマイクロフト・ホームズ。そのシーンだけでも見る価値があると言えるのではないかと個人的には感じています。これまで何度もシャーロック・ホームズの依頼人への観察眼を目にしているワトソンでさえ、その推理合戦には驚きを隠せないほどでした。

ただ、マイクロフト・ホームズには『探偵』としては欠けている要素があることも事実で、その点はシャーロック・ホームズの方が上回っている様子。ホームズほど分かりやすい奇人変人ということはないものの、やはり色々な意味で『抜けた』ところがあるのは流石は兄弟といったところでしょうか。しかしそれでも、シャーロック・ホームズがマイクロフトを『政府の重役というよりも、政府そのもの』と称するように、やはりマイクロフトという存在はシャーロック・ホームズを支える上で重要な人物と言えることは間違いありません。

そして興味深いのは、ワトソンはこの物語で初めて『ホームズ』と呼称できる人間を二人得ることになるという点です。そのため、この短編のワトソンは、シャーロック・ホームズを呼ぶとき、『ホームズ』ではなく『シャーロック』と呼ぶことになります。シャーロック・ホームズをファーストネームで呼ぶことによって二人の距離が縮まることになったのかどうか、それは定かではありませんが、ファンとしては記念的作品とも言えるのではないでしょうか。

ホームズの探偵像

今回の物語には、シャーロック・ホームズを超える頭脳を持つマイクロフトが関わっていることから、ともすればシャーロック・ホームズの推理の出番が無いのでは、と思われるかもしれません。そして事実、マイクロフトはシャーロックに対して『ギリシャ語通訳者の面白い話』を聞かせただけで、実際には解決に王手を掛けていたのです。

しかしこの一手が、新たな問題に繋がることとなります。そしてこの問題による被害を行動力で最小限に抑えたのは間違いなくホームズの手柄でした。ホームズが言っている、マイクロフト・ホームズに欠けている探偵としての素質は、そうした行動力だったのです。こうした点から、ホームズがただの冷血漢や推理オタクではなく、探偵としてのプライドを持って行動している人物であることが再確認できます。あるいはそうした人間味は、ジョン・ワトソンとの共同生活で身についたものなのかもしれません。

重要人物が加わることによる変化

このように、シャーロック・ホームズの兄という超重要人物が加わることによって、世界観の人間関係に大きな変化が訪れます。マイクロフトとシャーロックの対比から見えてくる、マイクロフトの有能さと探偵としての致命的欠点、シャーロックの探偵としての素質、シャーロック・ホームズという探偵の哲学、そしてジョン・ワトソンがそんなシャーロック・ホームズにどのように感じることとなったか。実際のところ、この物語の結末以上に、そうした登場人物たちに思いを馳せる方が、この物語を理解する上では重要とすら言えるかもしれません。

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堂本秋次

堂本秋次

実務翻訳者、プロマジシャン。英検1級、国連英検A級、TOEIC965を保有。大学時代は、ネイティブスピーカーの教授の指導のもと、言語学を専攻していた。医学、自然科学等を専門とする多芸多才な翻訳者。 詳しいプロフィール / 記事一覧

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